----- Original Message -----
Sent: Monday, April 28, 2003 7:21 PM
Subject: ♪Romanee Contiの畑で鑑識活動 - ブルゴーニュ紀行 Vol.2


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--┳ξ ♪[Apr/28/Mon/2003] 【Les Caves Pierre Matsuo】 (不定期刊)
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●●● 豊かな食文化の未来を切り開く 『ピエール松尾のE-Mail Magazine』
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--●-- [特定多数 Food & Beverage 関係者宛配信]

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( ^_^)/▼ 『ピエール松尾のブルゴーニュ紀行 - Vol.2』 ▼\(^_^ )


▼ [Cote de Nuits(コート・ド・ニュイ)地区 訪問記]


Volnay(ヴォルネイ)や、Pommard(ポマール)等のある、
Cote de Beaune(コート・ド・ボーヌ)地区を訪れた翌日に、
Cote de Nuits(コート・ド・ニュイ)地区を、訪問いたしました。

Beaune(ボーヌ)の駅で、電車を降りて、TAXI乗り場へ……
主な目的地は、Vosne Romanee(ヴォーヌ・ロマネ村)です。
本当は、Nuits St-Georges(ニュイ・サン・ジョルジュ)の駅からのほうが、
目的地に近いのですが、Express(急行電車)が、停車しない駅なのです。

(-_-)zzz 駅前のTAXIの運転手は、相変わらず、爆睡中。
ウィンドウをたたいて、何とか、起こして、
やはり、寝起き状態で、車を出すことになりました。かなり、不安。

行き先を、告げるわけですが、
今回は、やはり、解りやすいほうがいいだろうと考え、
「Romanee Conti(ロマネ・コンティ)の畑まで。」と言いました。

さて、運転手とのやり取りのなかでも、痛感したのですが、
フランス語の読みを、カタカナで表記することは、かなり困難ですね。
当メルマガは、実際には、F&B従事者以外の、多数の方々にも、
ご愛読いただいておりますので、なるべく、日本語での読みや、
ごく簡単な解説を付けて、解りやすいようにしているつもりです。

ただ、実際の、WineのEtiquette(Label/ワインのラベル)には、
フランス語の表記しかなく、例えば、
Volnayの"ヴォルネイ"と"ヴォルネー"等の「表記の揺れ」を考慮すると、
カタカナの情報に頼り過ぎると、誤解を招く恐れがあります。
読者が、Sommelier(ソムリエ)だけであれば、原語表記のみにしますが、
実際には、様々な、業種・職種の方々に、お読みいただいておりますので、
今後も、カタカナ表記と、解説を付ける表現を、継続する予定です。

ネイティブ(現地)の人達と、会話していて、いつも、思うことですが、
「Romanee Conti」を「ロマネ・コンティ」と、
澄んだ発声をすることは、絶対になく、
日本人の多くは、鼻に抜ける音、いわゆる"鼻濁音"の発音が苦手です。
"Beaune"と、Vosne Romaneeの"Vosne"は、
スペルも発音も異なりますので、ややこしいですね。
英語と違って、フランス語のカタカナ表記は、あまり正確ではなく、
とにかく、過信は禁物です。最悪の場合、全く、通じません。

私は、フランス語が、大好きで、
(京都での)大学生時代、第二外国語の必修単位に加えて、
自ら、卒業単位としては認められない、随意の講義を取っていました。
おかげさまで、この頃に取得した知識が、今になって、大変役立っており、
学生時代、勉学にいそしんでいて良かったと、つくづく感じます。マジで。

……で、TAXIの運転手の対応なのですが、
前日の、Cote de Beauneの時とは、打って変わって、
すんなりと目的地へ到着。そりゃ、そうだわな。世界一有名なところだもの。

※ 当E-Mailに、畑の地図の画像ファイルを、添付いたしました。
 ファイル名は、"Vosne-Romanee.jpg"です。
 Preview(プレビュー)もしくは、(ダブル)クリックして、開いてご覧下さい。
 Printout(印刷)してしまいますと、PCの環境によっては、表示されません。

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Beauneの駅前から、Vosne Romaneeに向けて、
TAXIを走らせる来訪者は、実際のところ、けっこう、いるようです。
運転手は、実に、慣れた様子で、Romanee Contiに到着するまでの間、
「これが、La Tache(ラ・ターシュ)、
それが、La Grande Rue(ラ・グランド・リュ)、
あれが、Romanee St-Vivant(ロマネ・サン・ヴィヴァン)で……」と、
様々な畑の説明をしてくれ、おかげで、位置関係が、よく理解できました。

無事、Romanee Contiの、あの、十字架がある場所へ到着。
ここで、まず、私が考えたのは、「帰る時にどうしよう……」
見渡す限り葡萄畑ばかりで、Volnayほどではありませんでしたが、
途中、通って来た、Nuits St-Georgesあたりと比較すると、
ぶっちゃけ(はっきり言って)、Domaine(ドメーヌ)等以外は、何もない。
こんなところに、独り、取り残されたら大変だ。
ここはひとつ、とても親切にしてくれた、運転手を信じることにして、

 ピエール松尾: 「あとで、迎えに来ていただけませんか? ○○時に……」

 運転手: 「Oui. Monsieur! ……」

(ホントに、大丈夫なのかな?)
今までの経験からして、フランス人の仕事は、概して、アバウトである。
いわゆる、"フランス時間"を見越して、余裕を持った時刻を指定して、
往復の料金の値段交渉をして、しかも、自ら、先に支払いを済ませて、
「必ず来てね!」と、念を押しました。

Romanee Contiの畑で、3時間過ごすつもりだったのですが、
果たして、意外?なことに、
運転手が、ほぼ指定した時間どおりに、迎えに来てくれたために、
約2時間半程度の滞在になりました。

TAXI Card記載の情報を掲載 (もしかするとBeauneで唯一のTAXI会社か?)


□ Allo Beaune TAXI (Gerard Rebillard)
   TEL: 06.09.42.36.80 / FAX: 03.80.24.19.55
   E-Mail: allo-beaune.taxi@libertysurf.fr

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私が、Romanee Contiの畑にいた、約2時間半程の間に、
何組かの来訪者(誠に遺憾なことに?ほとんどが日本人)があったものの、
一様に、畑での滞在時間が、非常に短いために、
大半の時間、一面の畑の風景の中に、私、たった、独りでした。

Romanee Contiの十字架と、
銘文が刻まれた石のプレート(※)に向かって、立った場合、
正面が、Romanee Contiで、
歩幅2歩程度の、あぜ道のような、畑の中の細い道を挟んで、
右隣が、Richebourg(リシュブール)、
右の奥まった所が、Echezeaux(エシェゾー)と、
Grands Echezeaux(グラン・ゼシェゾー)で、
正面奥が、La Romanee(ラ・ロマネ)、
車道を挟んで、左隣が、La Grande Rue、
その、また左隣で接しているのが、La Tache、
真後ろが、Romanee St-Vivant……

(※ 銘文が刻まれた石のプレートは、畑の角に、もう1箇所存在します。
 ここには、塀に上るための階段があります。)

この場所に立つと、主要な畑が、全て見渡せます。
辺りに、視界をさえぎる障害物は、何もありません。
農作業をしている、Domaineの人達はおろか、
全く、人影がありません。

……ということは、鑑識活動?開始です。
主要な畑に立ち入り、様々な、実態調査を、敢行いたしました。
ここで、予め、お断りしておきますが、
当然のことながら、葡萄樹の根元の至近距離には、
絶対に、踏み入れておりません。
Vintage 2003の品質に、異変が生じると、大変ですから。
(天才? ピエール松尾が触ると、Great Vintageになるかも……)

Romanee Contiと、Richebourgとの間の、
あぜ道のような、畑の中の細い道の土壌に、
くっきり、タイヤ痕発見! すわっ、ひき逃げ事件発生か!
犯人は……トラクターに違いありません。 (^_^;)
ようするに、私が、踏み込んだのは、農道と、作業用の細い道です。
Domaine de la Romanee Conti
(ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ/以下DRC)では、
特に、自然回帰とのことで、
あまり、機械を使用しなくなっているはずですが、
少なくとも、この部分に限っては、トラクターが通っているようです。

Romanee Contiを越えて、さらに、奥のLa Romaneeをも越えて、
丘の上まで、登って、また、降りて来ました。
(オッサン?なのに意外に体力ある。自転車で来ても大丈夫だったかも?)
空気が乾燥し、さらに、雲ひとつない快晴のお天気で、風も強かったため、
粉塵のような、非常に細かいホコリが立ち上がり、土まみれというより、
靴も服も、白いホコリを被ったような状態になりました。
サラサラした土壌の特質を、まさに、自分自身の身体で体感。

La Romaneeの辺りには、実際に、お墓がありますね。
でも、土葬であるため、丘の斜面に、あまり多く建て過ぎると、
(降雨の影響で)畑の土壌が、変化することも考えられます。

畑の隅の、作物の生育に影響の出ない部分の、
土を掘っての、徹底地質調査。昆虫等の生息状況を調査。
間引きで引き抜かれた、葡萄樹の根が、隅に転がっていたので、
割ったり、折ったり、皮を剥いだりして、樹木の状態を観察。
水分が、まだ多く残存しているものは、かなりの粘性があります。
剪定した後の、枝が転がっていたので、これも、精査。
シマッタ。顕微鏡と、リトマス試験紙を、持参すればよかったなぁ。
(顕微鏡や天体望遠鏡は、実際、自邸にあり、変なものを観察している。)

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【ちょっとココで用語解説】

Clos(クロ)

"Clos"の言葉が付く、Wine(ワイン)の銘柄(名前)は、たくさんあり、
「畑(葡萄園)」といった意味で使われることも、多いようです。
例えば、"Clos de Vougeot"(クロ・ド・ヴージョ)等です。
フランス語の"Clos"は、もともと、(畑や庭の)囲い・塀・垣根の意味です。
広い範囲の畑を表す単語は、他にもあり(Vignoble)、
"Clos"の場合、「区画」といった感覚に近い、「畑」といったところでしょうか。

Grand Cru(グラン・クリュ/特級畑)クラスの畑の囲いは、
石を積み上げて造られたものが多く、
畑名が刻まれた、石製の銘文のプレートが、埋め込まれたりしています。
降雨による土砂の流出や、野生動物の侵入を防止する役割もありますが、
日照の関係もあり、いずれも、高さは、そうありません。
Romanee Conti周辺で、門構え等が、最も充実しているのは、
Romanee Contiではなく、Domaine Lamarche(ドメーヌ・ラマルシュ)所有の、
Monopole(モノポール/単独所有)であるところの、
La Grande Rueだったようでした。

Romanee Contiの十字架がある、畑の入り口の部分で、
Closが切れているのですが、細い道の入り口の箇所に、
土砂の流出を防止するための、木の板が、埋め込まれていました。

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DRC、特に、Romanee Contiの畑に、
憧れを抱いておられる方々には、多少、申し訳なく思うのですが、
実際に、自分の目で見て来たことの、ありのままを書かせていただきます。
写真集を始めとする、各種書籍等の写真に、写り込まない部分。
あるいは、(料飲サービス従事者用の)教科書等に、記載されていないこと。

Romanee ContiのClosのすぐ脇に、電柱が立っており、
丘の上には、高圧電線の鉄塔があります。
(電磁波の影響は心配ないのかな?)

時季的なことも、多少、あるのかもしれませんが、
雑草が、そこそこ生えています。
植物を、こよなく愛された、昭和天皇陛下は、
「雑草という名前の草はない。」と、仰っていたとか。
確かに、命ある全てのものは尊い。どんな植物にも名前がある。
でも、ここは、世界中に名が知れた、Grand Cruである。
土の養分を消費する、雑草を愛でている余裕はないはず。
(こんな狭い区画なんだから、人手をかけて手入れしたらいいのに……)

強風のせいか、ゴミが飛んで来て、葡萄樹の間に、落ちている。
(雨が降って、変な物質が流れ出ると、土壌が汚染されるぞ。)

Romanee Contiのすぐ右隣、Richebourgに近い部分が若樹でした。
古樹と比較して、葡萄樹の太さと、生育状況が全く違いました。
Romanee Contiでは、1946年〜1951年の間に、
Pinot Noir(ピノ・ノワール)の全面植え替え作業が行われたために、
欠番Vintageになってしまっています。
さすがに現在は、市場が、欠番を許さない状況になっていると思われ、
段階的に、植え替えていくものと考えられます。

だって、自分の生まれ年VintageのRomanee Contiが、
存在しないなんて、考えただけでも嫌ですよね。 (T_T)

ところで、Closで、きちんと囲まれた畑の部分というのは、
実際には、そう多くなく、Richebourg(DRC)なんかでも、
車道に、土砂が、おもいっきり、はみ出していました。
おそらく、丘の傾斜の影響もあり、雨が降った際、流出したのでしょう。
自動車が通ると、土砂を、畑の中に跳ね上げているはずです。
(Grand Cruやろっ。ええんか? こんなんで……)

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懸命の鑑識活動?に没頭していると、ちょうど、お昼時になりました。
Romanee Contiの十字架、ちょうど、プレートがある部分のClosに腰掛け、
宿泊先のHotelから持参した、ランチを広げました。最高のピクニック気分!

……そうしたところ、
1台の自動車が、少し離れた車道を走るのが見え、
走り去ったかと思いきや、私の姿を見つけるやいなや、方向転換し、
こちらに、近づいて来ました。
(ヤバイ! もしかして、怒られるのかも?)

車のパワー・ウィンドウが、おもむろに開いて、
…… (~_~メ) われぇ〜 何しとるんじゃ、コラッ! ……ということはなく、
乗車していたのは、私と同年齢くらいに見える、ご夫婦らしき日本人。

 ご主人?: 「……この辺りに、ワイン・ショップはありませんか?」

 ピエール松尾:
  「……見てのとおり、この辺りには、何もありませんよ。
  私が、ここに来る途中の、Nuits St-Georgesの中心部には、
  小さなワイン・ショップがありましたけど……
  ところで、Beauneへは、行かないのですか?」

 ご主人?: 「今日、これから、訪れる予定なんですよ。」

 ピエール松尾:
  「それでしたら、Beauneで、お買い求めになるのが、一番ですよ。
  実は、私も、昨日、Hotel Dieu(オテル・デュー)に行って来たのですが、
  この周辺は、ワイン・ショップだらけです。
  Bourgogne(ブルゴーニュ)のワインの集積地ですからね。
  Apellation(アペラシオン/原産地)ごとに分類されていて、解りやすいです。
  ワイン・グッズも、豊富に揃っていましたよ。
  Marche aux Vins(ワイン市場)なんかでは、たくさん、試飲したうえで、
  選ぶこともできるし、Musee du Vin(ワイン博物館)もあって、
  なかなか楽しいですよ。それに、……
  Bon voyage!(Have a nice trip!)」

( ̄□ ̄|||) あれっ?

この、お二人、人影のない一面の畑の中で、偶然、私を見つけて、
尋ねごとをして、車から降りることなく、すぐに、走り去ってしまった。
目の前の畑が、Romanee Contiだということを、知っていたんだろうか?

でも、一般的に、こんな葡萄畑しかないような片田舎に、
わざわざ来る人達は、たいていは、
Romanee Contiが目当ての人が多いでしょう。
ただし、ワイン愛好家ばかりとは、限らないようです。

こんな日本人グループも、やって来ました。
車から降りて、Romanee Contiの十字架の所で、
集合写真を撮って、また、すぐに車に乗って、立ち去って行きました。
滞在時間は、およそ5分程度だったと思います。
もしかしたら、日本に戻って、周囲の人々に、写真を見せて、
「Romanee Contiに行って来た。」と言うのかもしれませんが、
「Romanee Contiを見て来た。」ということとは、違うような気がします。

他にも、La Tacheの畑の、まん前で、停車していた日本人の方々が、
「おかしいな〜 La Tacheって、いったい、どこなんだろう……」
といった会話をされていました。
(アンタの目の前にあるやんけ!)
「きっと、もっと、向こうの方だよ……」とか言いながら、
Nuits St-Georgesの方角へ、走り去って行ってしまいました。
どこまで行っても、絶対に、La Tacheへは、たどり着けません。

一瞬、さすがに、教えてあげようか……といった気にもなりました。
しかしながら、一人旅の鉄人 天才? ピエール松尾には、
心に決めた、"旅のポリシー"があって、
"現地では、極力、日本人とは関わらないこと"を、旨としております。
かつては、日本人から、話しかけられても、
わざと、日本語が理解できないふりをして、無視したりしていました。

でも、さすがに、それは、
性格が悪いというか、人間失格!であると反省して、思い直し、
相手から、話しかけられた場合にのみ、応答することにしております。
実際、私は、現地で、道を尋ねられたりすることが、かなり多いです。
ただ、自分のほうから、日本人に話しかけることは、
絶対に、しないことにしています。
"旅のポリシー"の理由につきましては、また、別の機会に……

……で、La Tacheの畑のことなんですが、
Romanee Contiの畑と遜色なく、十字架も立っていれば、
Closに、しっかりと銘文も刻まれている。
ようするに、"目線"の問題なんですよねぇ。シミジミ……

畑に来たら、まず、車を降りるべきですね。
乗ったままで、見て回ろうなんて横着?すると、
肝心なものを、見落としますよ!
テキトーな場所に、駐車しても、日本と違って、
「至急、お車の移動をお願いします。車両番号○○○……」
なんてことは、あり得ませんから。

Romanee Conti周辺の、畑の区画は狭いので、
少々、歩いても、苦にはならないはずです。
足の悪い方でも、主要な畑の傍に車道があるため、
区画のすぐ近くで、停車することが可能です。
(道が凸凹なので、車椅子は厳しいと思います。)

(@_@) それにしても、日本人って、どこに行っても、忙しいんですねぇ〜

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私、毎年、10月に、
♪音楽の都Wien(Vienna/ウィーン)に、行かせていただいております。
その際には、Pierre Matsuo(ピエール松尾)ではなくて、
偉大なる音楽評論家 Maestro Herbert Von Kenjan
(マエストロ ヘルベルト・フォン・ケンヤン)として、行っておりますので、
あまり、F&B関連の情報発信は、できないとは思います。 (^_^;)

ちなみに、今年は、10月2日(Thu)〜8日(Wed)の日程で渡航。
また、来年、4月15日(Thu)〜21日(Wed)は、Bordeaux(ボルドー)行きです。

毎年、Wien郊外の、Zentralfriedhof(中央墓地)を訪れ、
墓地の中で明け暮れる、あるいは、半日程、ここで過ごしています。
ここには、楽聖(偉大なる音楽家)の、お墓が集まっているからです。
Ludwig Van Beethoven(ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン)、
Johannes Brahms(ヨハネス・ブラームス)、
Franz Schubert(フランツ・シューベルト)
Johann Strauss(ヨハン・シュトラウス)……

墓地の入り口にある、お花屋さんで、薔薇の切花を、たくさん買って、
主だった音楽家のお墓に、お供えして、園内を巡っています。

(留学生等の)現地(欧州)在住の日本人、
あるいは、日本から(旅行等で)来た、日本人の参拝者でも、
オーケストラの団員を始め、音楽家の方々や、
熱心な、クラシック音楽愛好家の方々等は、それなりの時間をかけて、
いにしえの大作曲家に、語りかけるかのように、たたずんでいます。
(私もやっていることですが)お墓の前で、
その作曲家の残した楽曲を、歌ったりしている人も居ます。
昼間、お墓で会った人に、
夜、Staatsoper(ウィーン国立歌劇場)で、また、会ったりということも……

ただ、団体パッケージ・ツアーの方々は、
たいてい、10分そこそこの、非常に短い、滞在時間ですね。
スケジュール・集合時間の問題等もあり、これは、まぁ、仕方ないでしょう。
ですから、写真撮影のためだけの、訪問になってしまうようです。
旅のスタイルは、人それぞれで、いっこうに、構わないとは思いますが、
日本の旅行業者の、団体プランは、もっと、余裕を持たせたほうが……

(以前に、お話させていただいた方もありますが)
そんな中、私が、どうしても、忘れられない体験があります。

日本の某旅行会社の、Tour Conductor(添乗員)の方が、
ツアーのバッジを身に付けた、団体のお客様を、引き連れて、
楽聖のお墓が集まる区画に、やって来ました。

その中の、若い日本人の女性の方が、何と! あろうことか、
私が、墓前に、お供えしたばかりの、お花を、手に取って、
あたかも、自分が、今、お花を供えているかのようなポーズをして、
同行者に、写真を撮影させていたのです。

「喝! この、バチ当たりめがっ!」……と、怒鳴る気力もなく、
ただ、あきれかえるばかり。
いくら、旅行で、気分が高揚していても、ふざけ過ぎ。
多少の集団心理が影響したとしても、やっていいことと、悪いことがある。
(なにすんねん! 情けなや。旅先の日本人。アンタ最低やっ!)
私、渡欧の際には、いつも、日本に帰りたくないと思うのですが、
この時は、より一層、そう考えた次第。
(もう、渡航先で日本人と関わりたくないな。Wienの土に還りたいね。)

おそらく、この、若い日本人女性は、
日本の墓地では、同じことは、決して、しないはず。
帰国したら、(パロディのつもりで、軽いノリで)
「私、ベートーヴェンのお墓に、お花を供えて来たわよっ!」とか、
周囲の人に言うのかもしれません。問題の写真を見せながら……
こんな写真に、いったい、何の価値があるというのでしょうか?

愛読者?の皆様……
写真って、いったい、何なんでしょうね。
確かに、現代では、各種の加工等を施して、
芸術(アート)の表現の一つではあります。

でも、「真実」を「写す」から、「写真」。もともとは、そうだったはず。
レンズの前では、ごまかしが効かないとも……
今では、戦争報道のプロパガンダにも、
巧妙に、利用されていたりもしますね。
そうしたことが成り立つのは、とりもなおさず、
こうした写真に、写っているものは、「真実」であるとの、
世間一般の多く人々の、暗黙の了解があるからです。

写真というメディアの持つ恐さを、つくづく、実感しています。

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[本題に戻ります]

Romanee Contiの畑を、あとにする時間になりました。
迎えのTAXIに乗車すると、運転手が、
「Au revoir! Romanee Conti!」と、畑に向かって、手を振りました。
すかさず、私も一緒に、「Au revoir!」と、手を振りました。
そして、次なる目的地へ……

『ピエール松尾のブルゴーニュ紀行』は、まだまだ続きます。
当然、全ての訪問先を、ご紹介するわけではありませんが、
代表的な、いくつかを、また、レポートさせていただきます。

初回配信分(4/26付)に対して、
嬉しいことに、さっそく、お礼(ファンレター?)のE-Mailが届きました。

Je vous en prie!

( ̄ー ̄)v 愛読者?の皆様方! 今後の配信に、乞う、ご期待!


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●●● Monsieur Pierre Matsuo
●● E-Mail:
● ANSA Sommelier 呼称資格認定 No.1795 (FBO会員 No.20025)

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Vosne-Romanee.jpg