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 [Oct.06,2006]

皆様、貴重なご意見を賜り誠に有り難うございます。


ホテルオークラ福岡 鉄板焼 さざんか 鉄板焼レストラン
(ホテルオークラ福岡 鉄板焼 さざんか)
内で、
食材の肉の大きさを表す手段として、
タバコのパッケージと一緒に、
あるゲストが撮影した写真です。
日常的にタバコの煙が漂う、このレストラン内においては、
こうした光景も普通に「有り」なのですが……

私が、このページを作成しようと思い立ったきっかけは、
「食」の空間にタバコが入り込むことへの違和感です。
香りや味を愛でるべき料理・飲料と共に、
不衛生なタバコの煙・灰皿が存在することに、
常々疑問を持っています。
しかも、カウンター席調理場でもあるのに……

席に着くや否や、タバコのパッケージとライターを、テーブルの上に置く人がいますが、
もしも、このようなデザインのパッケージでしたら、違和感もひとしお。中身は同じなのですが……

将来、起こり得る健康被害を防止して、「健康増進」することよりも、
今、そこにある「迷惑防止」が最優先。「有害だから」以前に「臭いから」迷惑。

実のところ、このページは、当分の間、更新しないつもりでした。
ところが、福岡市職員による、飲酒運転・死亡事故の発生後、
閲覧者の皆様方より、飲酒との絡みで、様々なご意見を賜りました。
私は、ワインに関わる活動をしており、しかも、福岡市民です。
「タバコよりも酒のほうが問題じゃないのか?
モラル・マナーの欠如した民度の低い福岡市民の分際で、
さらに、酒を勧めている立場で、喫煙問題云々言う資格があるのか?」
といった厳しいご意見もいただきました。

また、「受動喫煙の問題に終始していて、タバコの存在自体は認めている。
喫煙行為の問題ならば、タバコを擁護することなく、タバコそのものの撲滅を目指すべきではないのか?」
といったご指摘もありました。

E-Mailをいただきました皆様方に対して、全ての方にお返事ができたわけではなく、
この場をお借りいたしまして、深くお詫び申し上げます。

皆様方の疑問にお答えする意味でも、今回、このページに記事を追加させていただきます。


1. 酒もタバコも……

「酒もタバコも……」といった言い回しが、確かに存在します。
ですから、私も、あえてそれを利用して、このページにおいて、
お酒の場合に例える手法も取り入れつつ、今まで書いてまいりました。
決して、お酒とタバコを同次元のものと考えているわけではありませんが、
それぞれを「同列」に論じることが、より分かりやすい表現につながることもあると思います。
お酒にもタバコにも、それぞれ、問題点があり、それらは独立して考える必要があります。
そのため、酒「も」タバコ「も」なのです。


受動喫煙の問題を提起すると、やれ、「タバコよりも酒のほうが問題」とか、
「タバコよりも自動車の排気ガスのほうが問題」とか言い出す人が必ずいます。
これは、典型的な「論点すり替え」の手法であり、無意味なことです。
酒・タバコ・自動車の排気ガスは、それぞれ、個別の問題を抱えており、
優先順位を付けて比較する対象には成り得ません。

例えば、政府が取り組むべき行政の課題として、環境・経済・雇用の問題があるとしましょう。
仮に、環境の問題を最優先に取り組むことを決めたとしても、
他の、経済・雇用の問題に、全く着手しなくてよいということではありません。

タバコの問題については、直接的には関係の無い、酒・排気ガスの話を持ち出して、
批判の矛先をそらせようとする動きが、特に、利権・既得権益に縛られた関係者に散見されます。
私は、こうした姑息な「騙し」に、お付き合いするつもりはありません。酒は酒、車は車。

飲酒運転により、重大な交通事故を引き起こした人が、「もう二度と酒は飲まない。」と言うことがあります。
もちろん、こうした心掛けは各個人の自由ですが、
社会は、当事者に対して、決して飲酒そのものの禁止を求めているわけではありません。
昔からある言い回しの「飲んだら乗るな。乗るなら飲むな。」というだけのこと。
酒という「物」や飲酒という「行為」が問題なのではなくて、飲酒運転という「犯罪」が問題なのですから。
事故を起こすことが罪なのではなくて、飲酒運転自体が罪なのです。
社会の規律に従えず、飲酒後の自らの行動に責任が持てないような人は、
飲酒する資格が無いということです。

お酒を飲む人のマナーやモラルの向上、飲酒運転幇助につながらないための飲食店側の適切な業務、
酒類販売メーカー等による啓発活動……には自ずと限界があります。
マナーやモラルに頼るのは理想的ではありますが、現実的ではありません。
社会の規律、すなわち、ルールを整備することが、最も重要だと考えています。
要するに、飲酒運転を物理的に不可能にする技術・法律・条令等です。
これは、私が、タバコの問題の件で主張して来たことと、基本的に同じです。

そもそも、人間の行動原理が、「嘘か真実か」・「間違った行為か正しい行為か」であれば、理想的ですが、
実際には、人間は「損か得か」で判断して、動くことが多いものです。
飲酒運転や迷惑喫煙行為が、自分と周囲の他人にとって「損」であると、
多数の人々が認識するには、かなりの時間を要するでしょうし、
私達の社会は、もはや、そうした意識が浸透するのを、気長に待つ猶予を、持ち合わせておりません。
愚かな飲酒運転により、尊い命が失われ続けているのですから……

遅ればせながら、日本の自動車メーカーが、
「飲んだら乗れない車」の開発に着手した旨が報道されておりますが、
そのようなものは、とうの昔に、欧米で実用化されています。
Alcohol Ignition Interlock(アルコール・イグニッション・インターロック)
のような後付けの装置を、早急に取り付けることも有効な手段でしょう(参照: MADD JAPAN)。
このような装置は、スウェーデンが、2012年から、
全ての新車に設置することを決定しているとのことですが、
日本においても、将来、「飲んだら乗れない車」でないと、
新車の販売ができない、車検に合格しないといったレベルになれば……

ただ、Interlockは古い技術ですので、抜け道があります。
呼気中のアルコール濃度検知とエンジン始動の連動のためには、
指紋認証を始めとした、生体認証技術との組み合わせによる本人確認が有効です。
運転免許証をICカード等にして、始動キーと連動させれば、無免許運転も不可能になります。
いずれも、物理的には、充分、実用可能な技術であり、
安全・人命のためには、こうした社会のコストは皆で負担すべきでしょう。
(ちなみに、私はペーパードライバー歴が長く、もはや運転自体が不可能です。)

ところで、自動車の排気ガスについてですが、
排気ガスが発生しない自動車が、既に存在することは、よく知られています。
要するに、石油・ガス系燃料ではなくて、水素で走る車、あるいは、電気自動車等です。
確かに、物理的には、将来、こうした自動車に切り替われば、
排気ガスの問題は解消するのですが、コストと需要の観点からして、
排気ガスが大幅に減少する社会の到来は、随分先の話になりそうです。

現在、ガソリン等を燃料として走行する自動車は、
走行の代償として、仕方なく、つまり、消極的な理由により、排気ガスを排出しています。
自動車の走行には「付き物」ですが、本来は排出しないのが理想であり、
歩行者を始め、周囲の人々に排気ガスを吸わせないことが望ましいわけです。
車に乗っている間、窓を閉め切っていれば、自分の車から出る排気ガスは吸わなくて済みますが、
後続車両がオープンカーであれば直撃しますし、大気中に拡散します。
排気ガスは、タバコの煙と違って依存性は無く、わざわざ積極的に好んで吸う人もいません。

仮に、走行性能が全く同じ自動車で、排気ガスを出すモデルと出さないモデルがあったとして、
あえて、排気ガスを出すモデルを選ぶ積極的な理由を、見出すことができません。
当然のことながら、自動車使用の目的は「走行」であって、決して「排煙」ではありません。
残念ながら、現時点では、屋外において排気ガスを避けるのは難しい状況です。

これに対して、飲食店、特に、屋内空間で営業している飲食店において、
タバコの煙は排気ガスと大差ない存在です。
飲食する空間がタバコの煙を必要としているはずも無く、本来、不要なものの最たるものです。
(喫煙者であっても、他人の出す煙は邪魔だと言う人が少なくありません。)
仮に、飲食店内で、焚き火をする人がいたとしたら大迷惑ですが、タバコの煙も大迷惑です。
そもそも、衆人環境の中で、口や鼻から、だらしなく煙を排出するという、何とも、おぞましく、
恥ずかしい姿を晒して平気な、迷惑喫煙者の神経を疑います。
人前で、はばかることなく、排泄行為に及ぶことに等しいと考えます。
自分が臭いことを感知することができず、排泄物を見ず知らずの他人に見せ、
さらには、強引に吸わせてしまうとは、人間としての大切な部分(理性)が壊れているとしか思えません。

(お酒を飲まないことを前提に)自家用車で、飲食店に来店することは、当然、全く問題ありません。
不特定多数のゲストが集い、サービス要員も存在する飲食店は、公共性が高い空間です。
お店には、徒歩や公共交通機関で来店するゲストもいます。
自家用車での来店は、「個人的な行為」です。
仮に、自分の愛車を溺愛しているカーマニアが、
駐車場に放置することが心配だという理由で、店内に乗り入れて、
アイドリングを続けたらどうなるでしょうか?
自家用車を店内に持ち込んで、たとえ、運転者は排気ガスが気にならないとしても、
周囲のゲストにとっては、大いに迷惑になります。
その自家用車は、運転者にとっては大切な存在かもしれませんが、
店内の他のゲストにとっては、全く関わりの無い物体。

わざと極端な例えをしてみましたが……

飲食店は、文字通り、飲んだり食べたりすることが目的の場所。
なぜ、飲食店内で、わざわざ喫煙して、空気を汚す必要があるのでしょうか?
この空間に、タバコという個人的なアイテムを、わざわざ持ち込んで、
排気ガスに相当する煙を発生させる必然性が、果たしてあるのでしょうか?
飲んだり食べたりする場所に、タバコの煙は「付き物」なのでしょうか?


今までに書いてまいりましたとおり、私は、喫煙者そのものについては、問題にしません。
現時点では、屋外において、自動車の排気ガスを排除するのは困難ですが、
飲食店において、受動喫煙を生じさせないことは至極簡単です。
欧米先進国と同様、禁煙の運用をすれば済む話。全部、経営者の責任です。
飲食店における受動喫煙の問題は、喫煙者のマナーやモラルに頼ることなく、
運営側のルールによって、解決するレベルの問題です。
マナーやモラルを引き合いに出して、問題解決に消極的な経営者は、
単に、責任逃れをしていることになります。

他に、「論点すり替え」としては、アメリカの、かつての禁酒法を引き合いに出すパターンがありましたが、
もう使い古された感があります。禁酒法の何たるかを知らない人にしか通用しない、騙しの手法です。

現在、欧米先進国を始めとして、世界中で急速に広まっている、
喫煙に関する規制を、日本では、「禁煙法」と表現することが多いようです。
これは、決して、「タバコ廃止法」ではありません。
タバコの製造・販売自体を、止めさせようとしているわけではありません。
時と場所とをわきまえれば、喫煙行為を続けることが可能です。
不特定多数の人々が集う、公共性が高い場所において、喫煙を制限することが、主な目的です。
理由は、そうした場所での喫煙行為=迷惑行為だからです。

喫煙者の中には、こうした世界の流れを、
「禁煙ブーム」・「健康ブーム」といった、一過性のものと捉えている人がいます。
いかに、自分のことだけで、周囲の他人の迷惑を考えることができないか、よく分かります。
「健康、健康って、余計なお世話。」と言う人には、周囲の「迷惑、大迷惑。」の声が聞こえないようです。
「ブーム(Boom)」ではなくて、「ムーブ(Movement)」であり、もはやこの動き、この流れは止まりません。
もちろん、喫煙者は、この流れに逆らう生き方を選ぶ権利があります。
しかしながら、正直、賢い選択とは思えませんが……

「酒もタバコも……」ですが、両者には決定的な違いがあります。
お酒の場合には、「受動飲酒」が生じないという点です。お酒からは煙が出ません。


2. タバコの撲滅ではなくて受動喫煙の根絶が目標

私は、ここに書きました理由により、立場上、タバコの存在自体を否定することができません。
まずは、この点に、ご理解を賜りたく思います。

紙巻タバコ(シガレット)は、プロダクトとしては欠陥商品です。
ニコチン依存という要因無くして、
あのように酷い悪臭を放つ、前時代的な商品の消費が、いまだに続いていることを、
合理的に説明することができません。
消費する本人だけの問題に留まれば良いのですが、
残念なことに、周囲に「受動喫煙」の悪影響を及ぼす厄介な存在です。

……誠に厄介な存在ではありますが、
(喫煙者を含めて)他人のタバコの煙を吸いたくない人に、影響が出さえしなければ、
喫煙習慣の続行は、社会生活を営むうえで、特に問題無いと思います。
周囲に迷惑をかけずに喫煙するには、どうしたら良いのか?
単純な話です。答えは、人前で喫煙しないこと。これって、そんなに難しいことなのでしょうか?

不本意ながら、私は、ほぼ毎日、受動喫煙していますが、
能動喫煙、すなわち、自らタバコを吸った経験は、ただの一度もありません。
幼少の頃から、「臭い・汚い・格好悪いの3K」の印象しかなく、
大人が喫煙する姿に憧れる人がいるのが、不思議で仕方ありませんでした。
第一、タバコを吸う理由・吸わなければならない理由が、さっぱり分かりません。
そんな私ですから、喫煙者本人が禁煙する・しないといったことは、
正直、どうでもよいことで、禁煙を勧める立場でもないでしょう。
禁煙を決意して、このページに辿り着いた喫煙者の方は、
このページは、そうした向きには全く役に立ちませんので、どうか、他のサイトをご覧になって下さい。
以前は喫煙者だった卒煙者の体験談でないと、なかなか心に響かないでしょう。
私は、喫煙者の気持ちなんか、全く理解することができないのですから。

臭くないタバコ・煙が出ないタバコがあればいいのに……」
といった声を、しばしば、耳にしますが、そんなものは、とうの昔からあります。
嗅ぎ(かぎ)タバコ(Snuff/スナッフ)・噛み(かみ)タバコ・ガムタバコ等々……
点火しないため、全く煙が出ません。したがって、臭くありません。当然、受動喫煙は皆無。

タバコを使用すること自体には変わりありませんが、
こうした方法による摂取は、「喫煙」とは言えませんね。

喫煙者の人達が、こうした煙が出ないタバコを用いるようになってくれれば、
正直、大変有り難いと考えています。
ただ、粘膜からニコチンを取り入れる方法は、
点火して煙を吸い、肺から血管を通して取り入れる方法に比べて、
ニコチンが脳に到達するスピードが遅いため、今ひとつ人気が無いようです。
また、口に直接含んだりすることによる、癌を始めとした、様々な発病のケースが報告されていますが、
喫煙者の人達は、一切、気にする必要は無いと思います。
タバコを使用する人の健康問題なんて、知ったこっちゃありません。
どうか、自分で勝手に病気になって下さい。自業自得。

タバコ会社は、依存性を高めるために、故意にニコチンの含有量を増やしました。
タバコ会社は、有害性について、会社に不利な研究データを隠蔽していたことを公表しました。
タバコ会社は、医師・学者に金をつかませ、会社に有利になるよう、情報を捏造しました。
……それにもかかわらず、従順な多くの顧客は、タバコを止めません。
タバコ産業の顧客は、本当に有り難い、素晴らしいお客様です。
たとえ、止めたいと思っていても、止めずに商品の購入を続けていただけるのですから。

タバコ会社の経営者になる機会があったなら、ぜひ、なってみたいです。
こんなに楽して儲かる商売は、他にはありませんから。
タバコ会社・タバコ農家の多額の献金で、国会議員になることができるのであれば、
喜んで、タバコ族議員としての工作活動に励む用意があります。
喫煙者本人の健康被害なんてどうでもよく、票田が大事です。
当然、タバコに都合の悪い情報は隠蔽します。
高級官僚もいいですね。
天下り後のJT会長の座が約束された、財務省事務次官のポストには、特に憧れます。
タバコ利権で私腹を肥やすことが最優先なので、
喫煙者を餌食にすることへの罪悪感など微塵も感じません。
密かに、ニコチン含有量を多くして、もっと依存度を高めて、タバコ離れに歯止めをかけます。
受動喫煙さえ排除できれば、たとえ、喫煙者本人が廃人になろうとも、いっこうに構いません。

このページをご覧の、喫煙者の皆様、
確かに、禁煙を望む向きには、ここは役立たずのページですが、
タバコを止める必要は、本当に無いと思いますよ。煙の出ないタバコを使用しましょう。
これだけで、受動喫煙問題は解決します。
受動喫煙防止、すなわち、「防煙」を目指して活動されている方々の中には、
煙の出ないタバコまでをも標的にして、攻撃するケースがあります。
要するに、タバコそのものに反対というスタンスですね。私の場合は、こうしたスタンスとは異なります。
周囲に煙の影響が出なければ、あるいは、タバコの使用が、個人の嗜好の範囲に留まり、
何らかの形で公共の利益を損なうことにつながらなければ、いっこうに構わないと考えています。

JT製品の不買運動をされている方もあります。
特に意識していませんが、私は、JTの飲料等を買うことがあります。
JTがタバコ以外のプロダクトで、安定して収益を上げられる体質改善を行い、
大幅な事業転換が成し遂げられれば、それはそれで良いと思います。
それと、JTを攻撃している方々は、PMJやBATに対してもアクションを起こさないと、
正直、説得力に欠けるような気がしますが……
タバコ会社はたくさんあり、企業体力は強固ですので、かなり手強いですよ。

また、私は、タバコそのものを毛嫌いしているわけでは、決してありません。
長年、イギリスの、
Alfred Dunhill(アルフレッド・ダンヒル)というブランドを愛用させていただいています。
今でこそ、紳士の総合ブランドですが、ぶっちゃけ、その始まりはタバコ屋です(喫煙具)。
現在でも、各種タバコを始め、喫煙具のラインナップが健在で、
アクセサリー類等に、タバコを意識したデザインの物が存在し、
しかも、私は、実際、そうした物を常用しています。
タバコ自体に拒否反応を示す方は、まず、使わないブランドでしょう。

ところで、あいにく、煙の出ないタバコを使用する人が少なく、
発癌性等、疫学的データが不足しています。
紙巻タバコのパッケージに、いかなる警告表示があっても、決して信じずに、
めげずに喫煙をされている喫煙者の皆様方におかれましては、
嗅ぎタバコ・噛みタバコ等の危険性なんか、一切、無視できるはずです。
医学的データの蓄積に貢献することができますし、
使用法を誤らなければ、周囲に迷惑をかけることもありません。
口腔癌・喉頭癌・咽頭癌・食道癌……等々、恐れること無く、
タバコに火を点けずに、直接、噛みましょう。嗅ぎましょう。

↑ わざと、皮肉を込めた書き方をしてみましたが、
ここで、タバコの使用は、極めて「個人的」な行為であるということを強調しておきます。
当然、不特定多数の人々が集まる場所では、「公共の利益」が優先されるわけです。

自分だけしかいない空間で喫煙する。自宅とか。
同じ趣向の人達だけが集まる空間。喫煙所とか。
少なくとも、「喫煙所以外の場所は全て禁煙」といった意識で行動していれば、
受動喫煙の問題が、ここまで大きくなることもなかったでしょうに……

例えば、仕事が終わって帰宅して、夜、自宅で寛ぐ時にのみ喫煙する。
実際、こうした、タバコとの付き合い方をしている人を、私は知っています。
当然、喫煙者の全てが、ニコチン依存の状態にあるわけではありません。
たまにしか吸わない人もいます。

ところが、ふだん目に付く迷惑喫煙者は、基本的にニコチン依存に陥っているわけです。
仮に、タバコが「嗜好品」であるのならば、
なぜ、嗜好品を用いながらでないと仕事ができないのでしょうか?
仕事をサボって、嗜好品を用いるために、頻繁に喫煙所に通う必要があるのでしょうか?
個人の嗜好品だというタバコを吸わせるためだけのスペースを、
どうして職場に確保する必要があるのでしょうか?
いずれも、ニコチン依存に陥っていない喫煙者には無関係な話ですが……

業務時間中の喫煙行為は、特に、営業や接客をしている人には、大きなマイナスになります。
実は、最近、私は本業の関係で、当方に長年出入りしていた業者との契約を解除しました。
営業担当者が、物凄くタバコ臭かったからです。
当方の事業所は敷地内全面禁煙ですので、この人の存在感が際立ちました。
喫煙している姿は、ただの一度も見たことがありませんが、喫煙常習者だと、すぐに分かります。
聞けば、営業車両内で喫煙しており、自分が極端にタバコ臭いことは全く感知できなかったとのこと。
定期的に商品を届けてもらっていましたが、
配送車両内で、日常的に喫煙に及んでいることから、
自社取扱商品の管理に対する認識に大いに疑問を感じ、以後の取引をお断りすることになりました。
営業担当者は、「禁煙します。」といったことを言いましたが、
私は、「そんな必要はありません。ぜひ、これからも吸い続けて下さい。
でも、顧客の心証を悪くして、営業上不利になるので、
勤務時間中は控えたほうが無難かもしれませんね。」といったことを伝えました。
私は、決して、喫煙者が禁煙することを望んでいるわけではないからです。
営業は「業務」であり、「個人的」な行為ではありません。

タクシーの運転手で、喫煙しながら運転している人を、しばしば見かけます。
窓から、タバコを持った手を出している人もいます。
火の点いた状態のタバコを窓から道路に投げ捨てた人を、何人も目撃しました。
乗客を迎える直前の勤務態度として、如何なものでしょうか。
禁煙車云々の問題以前に、旅客運送サービス業・接客業として失格でしょう。
ドアが開くと、タバコの煙がお出迎え。煙が充満し、白く霞んだ車内で、
「お客さん、どちらまで?」と話しかける運転手の息はタバコ臭い。
「この車、強烈にタバコ臭いですね。」と語りかけると、
「前に乗せたお客さんが吸っていまして……」と運転手。
「嘘言っちゃいけませんよ。運転手さん、さっき、客待ちの時、吸っていたじゃないですか。」
……こうしたやりとりがあった際は、運輸局タクシー協会に通報しています。

公共交通機関として、タクシー業界だけが取り残されてしまいました。
タクシー車内がタバコ臭い原因は、旅客よりも乗務員に問題があり、
「お客さんが吸うから……」とごまかしている運転手の意識を、まず改める必要があります。
タクシー業界は、他の運送業と比較して、乗務員の(勤務時間中の)喫煙率が異様に高いようです。

また、前方不注意・脇見運転による交通事故の中には、タバコに起因するものが含まれています。
運転中は、タバコも携帯電話も手にするべきではありません。
特に、自動車を運転することによって生計を立てている、運転のプロであるタクシー運転手は、
本来、他のドライバーの見本となるべき立場で、安全運転のうえでもプロ意識が求められます。

路上・歩行喫煙を禁止する条例が各地で施行されています。
そうした中、他の地域から、出張等で訪れた人について、過料徴収に関するトラブルが発生しています。
「ここが禁止区域だとは知らなかった。だから、お金を払う必要は無い。」
といった類の、実にくだらない話。
確かに、地域住民には浸透しているであろう、禁止エリアであっても、
他の地域から入って来る人には、初耳ということも多いでしょう。

でも、過料徴収の対象エリアの情報を事前に仕入れて、行動を分ける必要があるのでしょうか?
そもそも、なぜ、路上喫煙や歩きタバコをする必要があるのでしょうか?
どこに行こうとも、絶対に過料を徴収されない確実な方法があります。
一切、路上・歩行喫煙をしないこと。実に単純な話。これって、そんなに難しいことなのでしょうか?
実は、いわゆる、ポイ捨て防止条例は、普通、タバコ関連以外のゴミも対象にしています。
でも、違反行為の9割以上を、吸殻・パッケージ・フィルムといったタバコ関連が占めるわけですから、
ポイ捨て=タバコのイメージで語られるのは致し方ありません。
所構わず、ゴミを捨てまくる行為は、およそ常人のものとは思えません。社会不適応者。社会人失格。
特に、火の点いた状態のタバコを捨てるというよりも、投げる行為は犯罪でしょう。人間失格。

喫煙は文化」という人がいます。
嗜む」といったレベルであれば許容範囲ですが、「ニコチン依存」のレベルなら「喫煙は病気」です。
人類の歴史を考えると、喫煙習慣は、さほど長い歴史があるとは言えません。
特別な祭祀の際、儀式として喫煙していた頃の習慣が、そのまま持続していたならば、
確かに、文化としての体面を保っていたことでしょう。
祭りのハレの舞台でのみ嗜むといった程度でしたら、ニコチン依存が生じる可能性は低いものです。

Alfred Dunhillというブランドを愛用する私は、多少、喫煙具について知っています。
パイプ・キセル・シガー(葉巻)等は、使用に際して何らかの道具が必要で、
同じ嗜好を持った人々が、決められた場所に集って、
あるいは、自宅で、ゆっくり嗜んでいた頃は、まだ、文化だったと言えるでしょう。

紙巻タバコが普及するきっかけは、一般的には、クリミア戦争だと言われています。
戦場で、道具を用いて、あるいは、わざわざ手巻きしていたのでは、効率が悪いので、
手軽に持ち運べて手間がかからない紙巻が、用いられるようになったとのこと。
もともとは、正式なタバコの代用品だったというわけです。
特に道具を必要としない紙巻タバコは、その後、主流の商品となり、
現在の、紙巻タバコ大量消費時代に突入したわけです。
で、純粋に喫煙が文化だった時代は、紙巻大量消費時代以前のような気がします。
戦場という、非日常の局面では余裕が無いため、紙巻の使用が増えた経緯は理解できますが、
平時の日常において、追い立てられるように喫煙する必然性を、見出すことはできません。
値段も極端に安くなり、特に日本では子供のお小遣い程度で買える値段にまで下がり、
既に、大人の嗜みとしての高級感は損なわれました。

タバコの特性を武器に例えてみます。
最初は火縄銃でした。火薬を詰めたり、掃除をしたりで、非常に手間がかかり、連続射撃が困難でした。
次に、火薬と一体化した弾丸を用いるライフル銃になりました。
でも、散弾銃を自分に向けて撃っているようなものです。周囲の人にも弾が当たります。
手のひらに収まるサイズの拳銃が登場しました。持ち運びが楽で、ポケットにも入ります。
これも自分に向けて撃っている状態で、
強い威力のため、弾丸が貫通して、他の人にも当たってしまいます。
薬莢が飛び散りますが、拾うことはしません。
機関銃はヘビースモーカー。撃っている本人は快感でも、周囲の人達は不快。
全席禁煙の旅客機のトイレで隠れて喫煙する輩はテロリスト。安全を脅かす人類共通の敵です。

少量のタバコの葉を喫煙具に詰めて大切に吸う、高価な葉巻をゆっくり嗜むといったシーンは、
値段の安い紙巻の普及/大量消費に、ある程度、取って代わられてしまいました。
大量消費・使い捨ての紙巻タバコは、喫煙の常習化を加速させ、
ニコチン依存症という、深刻な病気をもたらしました。
こうなってしまうと、祭りの日に、たまに吸うといった、
余裕のある付き合い方ができなくなってしまいます。

紙巻タバコは、どこにでも簡単に持ち出すことができます。
葉巻の場合は、吸い続けないと、途中で火が消えてしまいますが、
紙巻は、巻き紙に等間隔に燃焼促進材(火薬)が仕込んであり、
物理的に、歩きタバコをしても、置きタバコをしても、途中で火が消えません。
これが、いけなかったのでしょうね。ターニングポイントです。
所構わず喫煙することを容易にしてしまいました。
周囲に配慮することなく、どこでも喫煙し、吸殻はポイ捨て……
果たして、これが「文化」と言えますか?
迷惑喫煙者が、かつての「大人の嗜み」を破壊してしまいました。
人に迷惑をかけずに嗜んでいる、本当の愛煙家にとっても大迷惑。

私は、ワインと深く関わっています。
仮に、ワインが少量ずつ、細い筒状の容器に注入され、
20本まとめて小さな箱に入れられて、自販機やコンビニ等で販売されるようになったとしましょう。
持ち運びが容易になったことで、所構わず飲む人が出現し、歩き飲酒が横行し、
飲みかけの容器をポイ捨てされた日にゃ……

タバコ産業は、自らが生み出した、巨大な怪物である迷惑喫煙者の対策に手を焼いています。
迷惑喫煙者は、タバコ会社にとっても厄介な存在なのです。
売るだけ売って、環境整備や、消費者を「育てる」ことを怠りました。
自社製品に対するイメージ悪化・規制強化につながるため、
遅ればせながら、喫煙者に対するマナー向上を訴えていますが、時既に遅し。焼け石に水です。
無駄なことは即座に止めて、別のことにお金を使ってもらいたいものです。
カジュアルになり過ぎて、迷惑喫煙者を生んでしまったタバコの轍を踏まないためにも、
ワインの、やや堅苦しく、多少面倒な部分は、「文化」として大事にして行きたいと考えています。

規制緩和は、おおいに結構ですが、それは、社会の無秩序を容認するということではありません。
政府に成り代わって、民間が……具体的には、業界団体が、
消費者を啓蒙・啓発する活動を行わなければ、無意味ですし、市場の成長も見込めません。
酒類製造販売業界は、
低価格路線の追求・コンビニを始めとした販売チャンネルの多様化といった拡大路線に、
消費者の意識の未熟さが追いついておらず、先の飲酒運転事故をきっかけに、
そうしたツケが回って来た感があります。
今まで、「飲んだら乗れない車」を販売しなかった自動車業界も同様です。
電話会社の場合も、固定電話市場が縮小し、
持ち運び可能で、どこでも使える携帯電話の普及に伴い、
利用者のマナー意識を高める事業の展開を、余儀無くされています。
単に「売る」ことは簡単ですが、「売った後」にケアができて、責任が持てる企業が、
最終的には、消費者からの信頼を得て、経済的にも、社会的にも成長することができます。
売る側・サービスする側の、プロ意識の向上が強く求められます。

ワイン関連情報サイトであるにもかかわらず、
このようなページが存在することへのご批判もいただいております。
しかしながら、私の立場ならではの情報発信が有効であると信じております。
今後も、あくまでも、消費者サイドではなくて、常に、業界側の視点に立って、
こうした活動を続けてまいる所存です。